作家の椅子 2

ある作家さんから製作依頼をいただいていた椅子とブックスタンドが完成し、納品してきた。

50年もの間大切に使い続けてきた思い入れのある椅子に替わるもの。
お渡しするとすぐにご自身で二階の書斎に持って上がり、デスクの前に座り、感触を
確かめるようにパソコンを開く。いくつかのウェブサイトを見ながら雑談していると、
とてもよく馴染んでいるのが伝わってきて安心した。

古い椅子も解体修理し、座面を張り替えてお返しした。裏には8/10 ’61の文字。この椅子が
この家にやってきた日付だった。今から52年前の夏の日。
一つの役目を果たした古い椅子。これからは家族の集まるダイニングに置かれることになった。
家具作りはいつも物語りに満ちている。
takashi

作家の椅子 1

とても大切なものをお預かりした。
その作家さんがこの椅子を使い始めたのは50年も前のことだそうだ。お父様から贈られた
という子供用の勉強机と椅子。子供のころから使い続けてきたその机と椅子で、今も文章を
書き続けている。
さすがに古くなった椅子は、何度か別のものに換えてはみたけれど、どうも馴染まなかったという。
長年にわたる物語の中で確固たる居場所を築いてきたものには、どんなものにも取って代わる
ことのできない本当の価値があるのだと思う。
とはいっても、このまま使い続けるのももう限界ということで、この古い椅子をモデルに
座面の大きさ、高さを少し変更して新しいものを作ることになった。
古い椅子も一度分解、修理し、座面の布地を張り替えてお返しすることにした。
古い椅子の寸法、角度をもとに原寸図をおこし、強度を考慮して構造を見直す。
製作は順調に進み、組み立てまでが終了した。
このあと、座面と背の布地の張りが出来上がってくるのを待ちつつ、全体の仕上げ、塗装をしてゆく。
takashi

ギャッベ展示台

以前から、イラン絨毯ギャッベがとても好きだ。

広大な大地で育った羊の毛糸の風合い。草木染めの柔らかな発色。そして何より、遊牧民たちの
暮らしの中から生まれたあの素朴なデザインは、見ているだけで穏やかな気持ちにさせられる。
いつか気に入りのギャッベを一枚買って、心地いい風の吹く、よく晴れた日曜日の午後に
森の見えるテラス(そんなテラスはうちにはないけれど)に敷いて、そこに横たわり、
遠いイランの大地に思いを馳せながら昼寝でもして過ごしてみたいなあ、などと妄想ばかりを
膨らませていたところ、縁あって、イラン、カシュガイ族のギャッベの輸入販売をしている
GABBEH KHANEHのラナイ社長と知り合い、ギャッベ展示用ステージの製作依頼を頂いた。
ギャッベを敷いてしまえばほとんど見えなくなるとはいえ、ギャッベの素材感を生かす
ようなものにしたいというラナイさんのご要望から選んだアメリカンチェリー材が
ギャッベにとても良く合っていた。
GABBEH KHANEHは現在、桜木町コレットマーレ2Fでギャッベやキリム、イラン雑貨等の
展示会を開催している。
9月には同ビル5Fに新店舗をオープンする予定。
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キッチン収納

お客様との対話を通して作り上げていく家具。
作り手の知識や経験に、お客様の要望、アイデアが混ざり合って初めてできるかたち。
それが特注家具のおもしろさの一つだと思っている。
キッチンとダイニングを仕切る両面使いの家具。キッチン側には大容量の収納。
2口コンセント2カ所、引出し2杯、開き戸、スライドトレー。
ダイニング側は奥行きの浅い飾り棚として。照明が2カ所。折りたたみ式テーブル付。
多彩な機能を持つ道具としての家具でありながら、間仕切りとしての役割も果たしつつ、
空間全体の雰囲気を心地良いものするようなもの。
こんな要望からこの家具の製作は始まった。
コンセントや照明の配線をパネルの中に通すため、フラッシュ構造で作ることにした。
構造が複雑なため、何工程にも分けて組み立ててゆく。
お客様は製作中、何度も工房に足を運んでくれ、製作過程を見ては、イメージを膨らませていた。
それは作り手にとっても幸せな時間だった。
配線はパネルの中を通して地板に抜き、台輪にスイッチを取付ける。




ものが収納され、小物たちがセンスよく配置され、明かりが灯される。
家具は以前からその場所にあったかのように空間の中にしっくりと佇んでいた。
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30年の椅子

作業台の上に並べた古い椅子たちを前に、様々な物語に想いをはせてみる。
背や肘掛けは擦れて、塗装も剥げているし、組立て部のホゾはゆるんで、少し揺らしただけでギシギシと音を立てる。
だけど、長い間大切に使われてきたその椅子たちには、ゆったりとあたたかな存在感があった。
30年も使われてきたという4脚の椅子の修理の相談を受けたとき、僕はとてもうれしい気持ちになった。もう古くなってしまったけれど、思い入れのあるもの。ご自身でも何度も修理しながら使ってきたという。それでもまだ新しいものに買い替えるのではなく、「きちんと」修理して、長く使いたいとのことだった。
なんと豊かなことだろう。喜んで修理を引き受けることにした。
接着剤を溶かしながら、慎重にホゾを抜き、全てのパーツを分解してゆく。
お客様がご自身で入れられたらしい接着剤の層、30年前に作られたときのそれ。分解した組立て部を奇麗にしてゆくと、この椅子を作った職人さんの入れた刃物の跡が見えてきた。
僕はその見知らぬ職人さんに伝えてあげたかった。
「この椅子を買われたお客さんは、30年も大切に使ってきて、今、修理して、これからさらに長く使っていこうとされていますよ。」と。
木が痩せてゆるくなったホゾに、薄く削った木を貼り、きつく組めるように調整する。
古い塗装を全て剥がした後、接着剤を入れ、クランプでしっかり固定して組み直す。
もとの色に近くなるよう着色塗装して、修理は完了した

30年にも及ぶ物語に少しだけ参加させていただいて、この物語はまた続いてゆく。


takashi



松尾建設 ショールーム家具

偶然か必然か、人生の岐路に立ったとき、次の決断を後押ししてくれるような

大切な出会いに恵まれることがある。

青木社長との出会いは僕にとって、そういった出会いの一つだったと思う。

僕が2年間の海外生活を終えて帰国し、この国で生活していくことに興味を

失いかけていたときのことだった。

真夏の明るい光に包まれた茅ヶ崎、雄三通り。陽気な雰囲気の通りを南に向かって歩く。

海の気配が濃くなってきたあたりに松尾建設はショールームを構えている。
Tシャツにビーチサンダル姿の青木さんのフランクで明るい口調に、初めて会ったにもかかわらず、

僕はすっかりリラックスしていた。
今までやってきた家具作りのこと、数ヶ月前までいたフィジーでの暮らしのこと、

これからのことなど話して過ごす。
そのときすでに僕はその人柄に惹かれていたと思う。こんなに懐の深い人に

今まで会ったことがあっただろうか。
青木さんの人柄のせいか、松尾建設のスタッフはいつも生き生きと仕事をしているように見える。

陽気な現場監督さんたち。ひときわのほほんとした雰囲気の鈴木さん。

そのとぼけた存在感にはいつもあたたかい気持ちにさせられる。

「ここの家具作ってよ」
と、青木さんが言う。ちょうど松尾建設のショールームを改装する予定だという。

それに合わせて家具も作ろうかという話だった。
そうは言っても、初めて会ったばかり。僕が作ったものだって、数枚の写真を見てもらっただけ。

それ以外に見せられるものもまだない、駆け出しの身。
もちろん、本当に作らせてもらえるとは思っていなかった。青木さんの軽い感じの発言が、

実は全然軽くないのだということに、そのときはまだ気付いていなかった。

それから約2ヵ月後、青木さんからショールーム改装にともなう家具の製作依頼をいただいた。
受付カウンター、キャビネット、打ち合わせテーブル天板2枚。
まさか、こんなに大きな話になるとは。
これがhalf moon furniture workshopを本格的に始動させるきっかけとなった。

今回の設計は、建築士の細谷さん。もらった図面をもとに、細谷さんが大切にする部分と、

製作サイドから材料の性質や、家具としての機能を考慮した収まりや構造を検討し、

すり合わせ、細部のデザインを詰めていく。
松尾建設の明るい雰囲気を重視して、全ての家具をタモ無垢材で製作することになった。

長さ約3mの荒木の材が20枚近く工房に届き、製作が始まった。材料を工房中に並べてながめ、
どれをどこに使おうか、よりわけながら木取っていく。木屑にまみれ、それぞれの材を

寸法に削りながら、わくわくした気持ちになる。

打ち合わせテーブルの天板にカンナをかけながら、このテーブルにどっかり腰を下ろして

いつもの人懐っこい笑顔でスタッフと談笑する青木さんの姿を思い浮かべ、

キャビネットの引き戸を作りながら、暇そうな鈴木さんが意味もなく引き戸をからから、

開け閉めして遊んでいる様子を想像しては、一人笑みをこぼしながらの作業となった。

約一ヶ月の製作期間を経て、全ての家具の製作が終了した。

数日前に改装工事が終わったばかりのショールームに家具を設置していく。以前からの

オープンで明るい雰囲気は残しつつ、茅ヶ崎の地にふさわしい、より洗練された

新しいショールームに僕たちの作った家具がしっくりと馴染んでいる姿を見て安心する。

w2000の受付カウンター。前面ルーバー部は、細谷さんの今回一番のこだわり。

日が暮れてきた頃、どこからともなく現れた鈴木さんが、ゆっくりとした足取りで

キャビネットの方に近付いてゆき、引き戸をからから、からから、

動かしては笑みを浮かべていた。

takashi

blue maple stool

 

「こんな生地の色がいいな。」
私たちが以前つくったキッチンスツールを気に入ってくれたRちゃんより
彼女の好きな「ブルー」の色の座面でスツールを作って欲しいとの依頼をいただきました。
落ち着いた感じのみずいろ。
自分の好きな色を家具に取り込むというのは、オーダー家具のひとつの楽しみでもあります。
世界にたった一つのキッチンスツールとなるのです。
以前は脚をナラ材でつくったのですが、座面の水色に合わせ、彼女は「maple」を選びました。
mapleはピンクがすこし入っているような、とても品のある奇麗な白色の材種です。
木材に限らず、自然のものはとっても色が深く、単純に白とか茶色では表現しきれません。
吉岡幸雄氏著書の「日本の色辞典」という本があります。わたしたちは白、赤と表現しがちですが、
もっと色を表現する言葉は多くあります。古来より自然の色を尊ぶ日本人としての心を忘れてはいけないですね。この話はまた後日。。。

 

よりよいフォルムにするため、数カ所改良をし、このスツールにとってはじめての
「blue maple」バージョンができあがりました。
できあがったスツールは、不思議とRちゃんらしいものになりました。
とても品があって奇麗なスツールです。
依頼をもらってから1ヶ月後。
Rちゃんがいる函館にこのスツールは旅立ちました。
無事届いたスツールを手にしたRちゃんより、こんなメールを頂きました。
 『本日スツール届きました~!
  とっても素敵でしっかりしていてすごくうれしいです。
  自分で選ばせてもらったし、くっぴー夫婦につくってもらったので、
  まだ手にしたばかりだけど、やはり他の家具に比べたら思い入れがありますね。
  自分でいうのもなんだけど、私らしいなと思いました☆』
このメッセージを読んで、とっても嬉しかったと同時に心が浄化されました。
これから5年間、タイで暮らすRちゃん家族。
そんな家族と共に時を過ごしているblue maple stool をわたしは時々思い出すことでしょう。
わたしにとってのもうひとつの世界ができました。
kumiko

AVボード、キャビネット製作

雰囲気のある古いマンション。
リビングとダイニングには、気に入ったものを、
少しずつ買い足しているという家具たちが自然に
配置されている。
気に入ったものを少しずつ。
なんと、心地のいい響きだろう。
ここに、新たにAVボードとキャビネットを
作らせてもらうことになった。
ダイニングテーブルに図面を広げ、最終的な打ち合わせをして、
細かい仕様やおさまりを決めていく。
風邪をひいたらしい小さな息子さんが、おでこに冷えピタを貼って、
ソファに寝転んでいる姿がなんとも愛らしい。
それは製作中、何度も頭に思い浮かべた、家族の日常の風景だった。
納品後、お客様から、息子さんが引出しを何度も開け閉めしては、
「おねえちゃん、上手。」(妻が1人で作ったと思っているらしい)
と、手を叩いている、との連絡をいただいた。
小さな子供にも、新しく「買ってきたもの」ではなく、
僕たち(妻?)が「作ったもの」だということがちゃんと
伝わっていてくれたことが、うれしかった。
作った家具が、日常の風景の中に溶け込んでいる姿を想うほど
幸せなことはない。
takashi