偶然か必然か、人生の岐路に立ったとき、次の決断を後押ししてくれるような
大切な出会いに恵まれることがある。
青木社長との出会いは僕にとって、そういった出会いの一つだったと思う。
僕が2年間の海外生活を終えて帰国し、この国で生活していくことに興味を
失いかけていたときのことだった。
真夏の明るい光に包まれた茅ヶ崎、雄三通り。陽気な雰囲気の通りを南に向かって歩く。
海の気配が濃くなってきたあたりに松尾建設はショールームを構えている。
Tシャツにビーチサンダル姿の青木さんのフランクで明るい口調に、初めて会ったにもかかわらず、
僕はすっかりリラックスしていた。
今までやってきた家具作りのこと、数ヶ月前までいたフィジーでの暮らしのこと、
これからのことなど話して過ごす。
そのときすでに僕はその人柄に惹かれていたと思う。こんなに懐の深い人に
今まで会ったことがあっただろうか。
青木さんの人柄のせいか、松尾建設のスタッフはいつも生き生きと仕事をしているように見える。
陽気な現場監督さんたち。ひときわのほほんとした雰囲気の鈴木さん。
そのとぼけた存在感にはいつもあたたかい気持ちにさせられる。
「ここの家具作ってよ」
と、青木さんが言う。ちょうど松尾建設のショールームを改装する予定だという。
それに合わせて家具も作ろうかという話だった。
そうは言っても、初めて会ったばかり。僕が作ったものだって、数枚の写真を見てもらっただけ。
それ以外に見せられるものもまだない、駆け出しの身。
もちろん、本当に作らせてもらえるとは思っていなかった。青木さんの軽い感じの発言が、
実は全然軽くないのだということに、そのときはまだ気付いていなかった。
それから約2ヵ月後、青木さんからショールーム改装にともなう家具の製作依頼をいただいた。
受付カウンター、キャビネット、打ち合わせテーブル天板2枚。
まさか、こんなに大きな話になるとは。
これがhalf moon furniture workshopを本格的に始動させるきっかけとなった。
今回の設計は、建築士の細谷さん。もらった図面をもとに、細谷さんが大切にする部分と、
製作サイドから材料の性質や、家具としての機能を考慮した収まりや構造を検討し、
すり合わせ、細部のデザインを詰めていく。
松尾建設の明るい雰囲気を重視して、全ての家具をタモ無垢材で製作することになった。

長さ約3mの荒木の材が20枚近く工房に届き、製作が始まった。材料を工房中に並べてながめ、
どれをどこに使おうか、よりわけながら木取っていく。木屑にまみれ、それぞれの材を
寸法に削りながら、わくわくした気持ちになる。
打ち合わせテーブルの天板にカンナをかけながら、このテーブルにどっかり腰を下ろして
いつもの人懐っこい笑顔でスタッフと談笑する青木さんの姿を思い浮かべ、
キャビネットの引き戸を作りながら、暇そうな鈴木さんが意味もなく引き戸をからから、
開け閉めして遊んでいる様子を想像しては、一人笑みをこぼしながらの作業となった。


約一ヶ月の製作期間を経て、全ての家具の製作が終了した。
数日前に改装工事が終わったばかりのショールームに家具を設置していく。以前からの
オープンで明るい雰囲気は残しつつ、茅ヶ崎の地にふさわしい、より洗練された
新しいショールームに僕たちの作った家具がしっくりと馴染んでいる姿を見て安心する。

w2000の受付カウンター。前面ルーバー部は、細谷さんの今回一番のこだわり。


日が暮れてきた頃、どこからともなく現れた鈴木さんが、ゆっくりとした足取りで
キャビネットの方に近付いてゆき、引き戸をからから、からから、
動かしては笑みを浮かべていた。
takashi