去年、別の目的で足を運んだ日本の手しごと展の会場でたまたま目にとまった手作りの鋏。
そのシンプルで品のある形、金属の重厚でいて温かみのある色味に見とれていると、その日
たまたま会場に来ていた作家さんご本人が話しかけてきてくれた。

僕と同世代ぐらいのその作家さんは、兵庫の「多鹿治夫鋏製作所」という手作り鋏の製作所の四代目で、量産のものが溢れたこの時代に、より多くの人に手作りの鋏を知ってもらい、使ってもらうことを目的に「TAJIKA」というブランドを立ち上げて作家活動をされているという。日本の職人は高い技術は持っているけれど、自分が前に出て発信してゆくことを嫌う傾向がある。だけどもう昔のように職人は影に引っ込んでいい仕事さえしていれば良いという時代ではなく、職人本人が前に出ていって、きちんと作られた良いものを少しでも多くの人に知ってもらう努力をしていく必要があると彼は考えている。
確かにそうだと思う。そうしないと本当に良いものが世の中から消え去り、日本は発展はしているけれど文化レベルの極めて低い国になってしまう。
うーん、この鋏欲しい。確かに一般的な鋏のイメージからすると相当高い。でも作る手間を想像すると決して高くないことも理解できる。そしてこのクオリティ。手にとってみると、その動きが本当に心地良い。特に刃物を閉じきる時の感触。完璧に調整されている。だけど、こんなにいい鋏が僕に必要だろうか。家具作りには使わないし。。。
僕たちは渋々その場を離れた。
会場を一回りして、帰ろうとエスカレーターで階を下っている時、ふとイメージできてしまった。工房の手道具がかけてある壁に一緒にあの鋏がかかっている姿が。居場所がイメージできてしまった以上、必要かどうかなんてもうどうでも良い。気がつくと下ってきたエスカレーターを引き返し、急ぎ足で(なにも急ぐ必要なんてないのだけれど)TAJIKAさんのところに戻っていた。

その鋏が僕たちの工房の風景の一部になってもう一年近く経つ。今でもときどき手にしてその向こう側に広がる世界を想像する。それは僕にとって日常の中の幸福なひと時になっている。
ちょうどお気に入りの本を本棚の片隅に持っている幸福感に似ている。
この度、大切な人への贈り物にこの鋏を新たに注文することにした。
takashi