昨年末のこと、一度スツールを製作させていただいたお客様から何年か使っているダイニング
テーブルの塗装を直せないだろうかというご相談をいただいた。
「見に来るついでにお茶でも」
と妻と二人で呼んでいただいた。関西出身のお二人のテンポの良いやり取りがとても面白い、
なんとも暖かい雰囲気の素敵な御夫婦で、寺家回廊のときに初めて工房に来ていただいた時から
とても印象に残っている。
その日も広々とした陽当りの良いテラスでお茶を頂きながら、のんびりと楽しい午後の
ひとときを過ごさせた頂いた。あまりにリラックスしてしまい、肝心のダイニングテーブル
を見るのを忘れてそのまま帰ってしまいそうになったぐらいだ。
その日の関西の食べ物についての話題の中で僕のしたいくつもの失言。
「たこ焼きって、タコ入ってるんですか?」
「たこ焼きって、いつ食べるんですか? ご飯として? それともおやつ?」
「お好み焼き、特別食べたいと思うことないなあ。」
「お好み焼き定食??? チャーハンで白米食べるようなものですね。」
「?」
そんな僕のとぼけた発言に、僕がたこ焼きやお好み焼きを食べたことがないのではないか
という話にさえなってしまった。食べたことは、もちろんある。でも、子供の頃にお祭りの
屋台で食べたたこ焼きにタコが入っていたかどうか、覚えていない。特別美味しかったという
記憶もない。確かに大人になってからはたこ焼きを食べる機会はほとんどなかった。
関東にいる限り自分から意識を持って向かわなければ向こうからやってくるものではない。
関西の家庭には必ずたこ焼き器があって、ときどき人が集まったときなどにみんなで
焼いてたこ焼きパーティをするのだという。でも、たこ焼きは難しく、関西の人でも
毎回美味しくできるというわけではないらしい。4~5回に一回ぐらいしか成功しない
のだとか。それだけ高い理想があるのだろう。でもなんか楽しそう。
そしてご主人は関西風のお好み焼きがどういうものかを丁寧に説明してくれた。
たくさんのキャベツとほんの少しの小麦粉、つなぎは山芋。上に豚肉を乗せて、最後に
ひっくり返したら強火で。小麦粉をほとんど使わないからとても軽くて、表面は豚肉の
脂で揚げたようにカリッとしているのだとか。
ん?僕が今まで食べてたお好み焼きはそんなんじゃなかったな。なんだかとても美味しそう
じゃないか。僕の知っているお好み焼きは、たくさんの小麦粉でキャベツとか肉とか、
どろどろに混ぜて焼いた、ホットケーキに具を混ぜたみたいなものだった。それは、
本当のお好み焼きを知らない関東の人間が、イメージだけで適当に作ったものだったのだろうか。
ご主人のお話を聞いて確信した。本物は美味しいに違いない!
その日の夜、たまたま近所の同業の友人と食事をすることになった。
「何食べましょうか。」
「あ、お好み焼き、食べられるとこありましたっけ?」
近くの鉄板焼き屋さんに入ることにした。もちろんお好み焼きを注文。目の前で焼いて
もらって、食べる。まあまあ美味しかったけれど、今日の話の感じとは少し違うような
気がする。本物はもっと美味しいはずだ。一度大阪行かなきゃだめかな。それからしばらく
本物のお好み焼きのことが気になっていた。
ご相談をいただいたテーブルの塗装直しはうちでやらせてもらうことになり、再度引取りに
お伺いすることになった。その前日、お客様から電話を頂いた。
久しぶりにお好み焼きでも作ろうかということになったので、テーブルの引取りのついでに
一緒にお昼をどうかとのお誘いだった。なんともありがたいお誘い!喜んでご一緒させて
いただくことにした。
翌日、お昼にお宅にお伺いすると、キッチンでは着々とお好み焼きの準備が進められていた。
たくさんのキャベツと少しの小麦粉、山芋。確かに僕の知っているドロドロのものとは
だいぶ雰囲気が違う。そこに牡蠣、エビなど贅沢な具が加えられる。見るからに美味しそうだ。
妻と二人でキッチンの周りをうろうろ、お好み焼きの準備を眺めつつ、奥様のコレクション
の素敵な陶の器や木のカトラリーなどを見せてもらう。
そして、テーブルにつき、ご主人が次々と焼いてくれる出来たてのお好み焼きをいただく。
上にはカリッと焼けた豚肉。箸で切れるぐらい、が丁度いい焼き加減だそうだ。
確かに箸で切れる。口に入れると、おお!表面はカリッと、中からキャベツの甘みが
広がって、そして贅沢な魚介類の具。おいしい!本当に軽くて、いくらでも食べられる。
今まで僕が知っていたものはなんだったんだろう。。。お好み焼きのイメージがすっかり
変わる体験だった。止まらなくなった僕は一人で四枚も平らげてしまった。
お腹も満たされ、すっかり満足して、あやうく肝心のダイニングテーブルを持って帰るのを
忘れるところだった。
お預かりしたテーブルはもともとの塗膜を一度剥離し、新たに塗装し直した。年末のご家族が
揃う時期にもなんとか間に合って、とても喜んでいただけた。

お客様からはその後もときどきご連絡を頂き、僕たちの小物製作へのアドバイスやアイデアを
いただいたりしながらお付き合いさせていただいている。ただのもののやり取りを越えた、
顔の見える対話はものづくりの原点だと思う。製作者としてこれほど幸せなことはない。
takashi