30年の椅子

作業台の上に並べた古い椅子たちを前に、様々な物語に想いをはせてみる。
背や肘掛けは擦れて、塗装も剥げているし、組立て部のホゾはゆるんで、少し揺らしただけでギシギシと音を立てる。
だけど、長い間大切に使われてきたその椅子たちには、ゆったりとあたたかな存在感があった。
30年も使われてきたという4脚の椅子の修理の相談を受けたとき、僕はとてもうれしい気持ちになった。もう古くなってしまったけれど、思い入れのあるもの。ご自身でも何度も修理しながら使ってきたという。それでもまだ新しいものに買い替えるのではなく、「きちんと」修理して、長く使いたいとのことだった。
なんと豊かなことだろう。喜んで修理を引き受けることにした。
接着剤を溶かしながら、慎重にホゾを抜き、全てのパーツを分解してゆく。
お客様がご自身で入れられたらしい接着剤の層、30年前に作られたときのそれ。分解した組立て部を奇麗にしてゆくと、この椅子を作った職人さんの入れた刃物の跡が見えてきた。
僕はその見知らぬ職人さんに伝えてあげたかった。
「この椅子を買われたお客さんは、30年も大切に使ってきて、今、修理して、これからさらに長く使っていこうとされていますよ。」と。
木が痩せてゆるくなったホゾに、薄く削った木を貼り、きつく組めるように調整する。
古い塗装を全て剥がした後、接着剤を入れ、クランプでしっかり固定して組み直す。
もとの色に近くなるよう着色塗装して、修理は完了した

30年にも及ぶ物語に少しだけ参加させていただいて、この物語はまた続いてゆく。


takashi