海沿いの国道をしばらく南に進み、山の方にそれていく細い坂道を上ったところにその店は
ひっそりと佇んでいる。
魔法使いのような無愛想なおばさんと時々姿を見せるどことなくコミカルな雰囲気の白髪の
ご主人。物静かな御夫婦が営むこのレストランにぼくは時々どうしても行きたくなる。
冬の日の午後、お店の中は薪ストーブのやわらかな暖かさに充たされ、魔法使いのおばさん
が大切に育てているさまざまなハーブの鉢は天窓から注ぐ冬の陽射しをいっぱいにうけていた。
おばさんは相変わらずにこりともせずに僕たちをテーブル席に通して、和紙に手書きした
メニューを手渡してくれた。その一つ一つの動作が丁寧で安心感を与えてくれる。
スピーカーから丁度いい音量で流れてくるキース・ジャレットのピアノ、木の床に響く軽い足音、
食器の擦れる音、時々小声で話す御夫婦の声。このお店以上に心地いいお店をぼくは知らない。
入口の扉を開けた時から、常に一定に時間が流れている心地よさ。
それが店主の御夫婦が長年にわたって丁寧に作り上げてきた世界なのだと思う。それはお店
という名のもとに表面的に作られた雰囲気ではなく、彼ら自身が大切にしている日常の時間
そのものなのだと思う。

大事に育てられたハーブをふんだんに使った、魔法のようなパスタとピザを食べながら、
お店を閉めたあと、薪ストーブの脇の揺り椅子でコーヒーを飲みながら物静かに話す御夫婦の
姿を思い浮かべてみた。
takashi