散歩の途中

 久しぶりにチェンバロ奏者の山田貢先生が散歩の途中、ふらっと工房に訪ねてきてくれた。
80歳近い山田先生が自転車に乗って、池の脇の道をゆっくりこちらに向かって進んでくる
姿を目にしたとき、ぼくはなんとも嬉しい気持ちになって作業の手を止めた。

山田先生が初めて工房に立ち寄ってくれたのは去年、寺家回廊の準備のため、妻と二人で
工房の展示スペースの壁に漆喰を塗っている時だった。
小柄な体つきにサスペンダーをした姿が印象的で、まるで物語の世界からやってきたような
独特の雰囲気を持っていた。その時に先生がチェンバロの奏者であり、製作者でもあること
を知った。
先生が製作されているチェンバロはラウテンクラヴィーアというバッハが愛用していたものだ。
それはリュートのような響鳴体が本体内部に仕込まれていた、ガット弦のチェンバロで、
実物はもちろん、資料すらもほとんど残されていない幻のチェンバロだという。
先生は長年、ラウテンクラヴィーアの研究をされていて、既に何台か復元し、それを使って
演奏会もされているそうだ。

一月の冷え込んだ工房で、ストーブを囲んでお茶をすすりながら先生とポツリポツリと
言葉を交わして過ごす時間は、なんとも心地よく、ゆったりと流れていた。
それにしても先生の知的で穏やかな言葉、人を見下しもしなければ、区別もしない柔らかな
眼差し、素敵だなと思う。
今度、先生のお宅にお邪魔して、ラウテンクラヴィーアを見させてもらう約束をした。

先生が帰られたあとも工房にはあたたかい雰囲気が残っていた。

takashi