蘭越へ -及川農園 3-

日が暮れた畑には蛙の鳴き声が響いていた。仕事から帰ってきた末っ子のともよちゃんも合流して皆で火を囲む。ひんやりとした空気の中、炭火の暖かさが心地良い。真夏だというのにこの感じ、幸福感が増す。新鮮な野菜とラム肉をほお張りながら肇さんとかをりさんの話に耳を傾けていた。

 

前職はコンサルタントだった肇さん、仕事で何度か富岡に来るうちにすっかりこの地域の人々に魅せられてしまい、「たった一度の人生、この場所で虫のように生きてみたい」と移住を決めたという。かをりさんは「コンサルが農家の人にコンサルされちゃったのよ。」と笑う。

人里離れた大地を目指してではなく、人のいる場所としてこの地域を選んだという考えに納得させられた。

 

この地での初めての冬、灯油を切らしてしまい、すぐに配達は来るだろうと電話をかけるもその日に配達なんて来てくれず、文字通り死ぬほどの寒さに朝までひたすら耐えた話。雪かきを怠っていたある日、夕方家に帰ると積もりに積もった雪が窓ガラスを破り、家の中に雪崩が起きていた話。一生懸命育てたとうもろこしの収穫の朝、畑に行くとそのほとんどが狐に食べられていた話。肇さんとかをりさんがそうしていたのと同じように狐も一番良い日を待っていて、そのタイミングの判断も全く同じだったという。まわりの農家の人たちには、「狐が食べきれないぐらいたくさん植えないとだめだよ。」と笑われたという。次々に出てくるいくつもの困難や失敗の話をさらりと明るい笑い話に変えてしまう2人のエネルギーが本当に気持ち良い。

 

中でも、上の2人のお子さんたちの脱北の話は印象的だった。及川家の子供たちの間では富岡から出ることを「脱北」と呼び、小さい頃からその日を夢見ていたという。肇さんとかをりさんは、子供たちは自分の意思ではなく、この土地に連れてこられた立場だからと、ちゃんと脱北のチャンスを与えていた。最初のチャンスは高校受験。札幌の公立高校に学区外の枠で受かること。それを逃せば高校卒業の歳まで待たなければいけない。中学三年生になるとそれぞれに自分の意志で決めさせるのだという。この畑で働くも良し、受ければ受かるという地元の蘭越高校に進学するも良し、学区外の札幌の高校を目指すも良し。一番上の娘さんが目指したのはもちろん「脱北」。しかし、そもそも少ない枠の公立高校の学区外枠、思っていたほど簡単ではなかったらしく、結果は失敗。それを見ていた弟は焦った。ゲームが大好きで、それまで毎日ゲームばかりしていたという彼が、自らそれを封印、突然勉強を始めたのだそうだ。その結果、見事高校入学時の脱北に成功した。

その後、お姉さんの方も蘭越高校から国立大学合格という学校創立以来初の快挙を成し遂げ脱北した。

確固たる価値観を持ちながらも子供たちにはそれを強要することなく、自分たちの意志、価値観を育て、尊重する肇さんとかをりさんのやさしさの奥の強さに憧れる。

 

流行とか見栄とか地位とかそんなこととは全く関係のない自分たちの価値観を持ち、そこに誇りを持って生きているお二人の姿は絶対的に格好良い。長靴や頭に巻いた手ぬぐい、土のついた作業着さえお洒落に見える。

 

いつのまにか炭火も消え、冷え込んできたので小屋の中に移動して、さらに夜中まで話して過ごした。

星野道夫は言う。「人と出会い、その人間を好きになればなるほど、風景は広がりと深さを持ってくる。」と。本当にその通りだと思う。通り過ぎるだけでも十分素敵な場所だけれど、ここに来て、この場所で生きる肇さんとかをりさん、ともよちゃんと出会えて本当に良かったと思う。

 

takashi