寺家町へ

「あそこの、森がこんもりしているあたりですよ。」
運転席のニイボリさんが遠くの方を指差して、僕たちに向かって言う。


「森がこんもり」
そのとき、僕の気持ちはほとんど決まっていたような気がする。
そんな場所を気に入らないとは思えなかった。

僕たちは工房の物件を探していた。
この一年、様々な幸運な出会いに恵まれ、今、このタイミングで
自分たちの工房を持つことに決めた。

長く住んだ海辺の町も気に入っていたけれど。
今まで、厚意で建具屋の作業場を間借りさせてくれていた
岡田のおじさんのところを離れるのも少し寂しい。
古くてがたがただけど、なんだか親しみがわいてしまった機械たち。
作業場の向いには岡田鞄教室。
 一流の革職人の岡田先生が時々顔を出してくれるのも心強かった。
けれど、タイミングを逃すと次はないかもしれない。

なかなかいい物件が見つからないにもかかわらず、
「森があって、小川が流れているようなところがいい。」
(そんなところは都会の近くには普通、ない。)
などと、いつまでも夢のようなことばかり言っている僕に半ばあきれながら、
これでだめならもう知らない、と最後に妻が見つけてきてくれた物件情報。
「青葉区寺家町」
横浜に生まれ育った僕も、今まで縁のなかった土地。
全くイメージがわかない。
とにかく行ってみることにした。

県道から川沿いの道へ。
「川。」
森の見える方角に曲がり、先週降った雪がまだ残る畑の脇の道をさらに奥へ。
「お。」
町からこんなに近いのに。
小人が住んでいそうな森。空想の世界と現実が近い場所。
雪のせいもあってか、そこはそんな場所に思えた。
その道の一番奥、森に囲まれた池のほとりに、その小屋は佇んでいた。
車を停め、ドアを開けると、ひんやりと澄んだ空気が流れ込んでくる。
外に出ると頭上では、風に揺られた竹の葉が心地よい音をたてていた。

それから2ヶ月後、機械を運び込み、そこは僕たちの工房になった。
様々な偶然が、危うく積み重なった上に立っているようなものかもしれないけれど、
とにかくスタートすることはできた。
先を思えば、期待も不安も、もちろんある。
だけど、そういうことにとらわれてばかりいても、今立っている場所が見えなくなる。
今、確かに過ごしているこの時間を、常に大切にしていきたいと思う。
何がうまくいっても、いかなくても。

takashi


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