チェリー材のベッド

オーダーベッド チェリー材

以前、ギターの練習用にとスツールをご購入いただいた小平市のお客様から、ベッド製作のご依頼をいただいた。

僕たちも大好きなジャンゴ・ラインハルトが好きで、ギターはマカフェリを愛用しているとのことで話は尽きなかった。

僕たちの工房のすぐ近所のアレックスのお店では時々ジプシージャズのライブイベントをやっている。そのことをお話しすると、ミュージシャンは誰が来ているんだろうと、とても興味を持たれていた。

ある時、「寺家町に『里の縁側』っていうお店ありますか?今度私、そこで演奏するみたいです。」というご連絡をいただいた。

まさか。そこが以前話していたアレックスのお店だ。そんな近くに家具の話とは全く関係なく来ることがあるとは。そんな偶然があるものなんだなと驚いた。

ベッドは多くの場合、他人に見せることは全く前提としない、かなり個人的な家具になる。毎日触れるものであると同時に、日々が終わり、そして始まる自分だけの場所になる。誰がなんと言おうと、自分だけの絶対的に気に入った居場所になって欲しい。

経年変化が特徴的なチェリー材を使い、無垢材の風合いを最大限に活かしたシンプルなデザインで提案させていただき、下段には圧縮袋に入れた冬用の布団が収納できるサイズのワゴンを2台設置することになった。

日々、木の家具を製作しているけれど、毎回毎回迷う。製作の最初の工程で迷う。木の使い方に迷う。どの部材にどんな表情の木を選ぶか、どんな順番で並べるか、どの向きで使うか、使える限りの材料を並べて想像しては迷う。デザインはすでに決まっているし、構造的に問題が出るような欠点のある材料はそもそも使わない。だからどの材料をどう使おうと決して不正解ではない。だけど、木にはそれぞれに二つと無い木目がある。同じ形のものを作るにも、そのどの部分をどう使うかによって全く違った表情のものになることは間違いない。その使い方を間違えればその形を台無しにしてしまうのではないか、という恐怖心も常に持っている。せっかく木を使って形を作っていくのだから、今できる最高の表情を引き出したいと思う。そこは一つ一つ手で作られる家具の大きな魅力の一つだと考えている。目の前に並べた木を見ながら、完成形を想像し、お客様との雑談を思い出しながら正解のない答えを出してゆく。僕は、そのうずうずしながら苦しくて、楽しい、その迷いの工程がとても好きだ。

takashi

バンドネオン ディスプレイ棚

楽器ディスプレイ棚 

自分たちの作った家具を背に早川純さんたちが演奏しているなんて、とても不思議な感じだった。

バンドネオンとアコーディオンの修理、メンテナンスを行っているBellows Works Tokyoさんから楽器ディスプレイ棚のご相談をいただいた時、真っ先に思い浮かべたのがバンドネオン奏者の早川純さんだった。もちろん、その時はまさか早川さんがBellows Works Tokyoさんで楽器のメンテナンスをしているなどとは考えもしなかったけれど。

Bellows Works Tokyoさんが、店内の改装計画として楽器ディスプレイ用の棚の設置を検討されている中で、以前僕たちが製作したガラスショーケースの事例をご覧いただいたとのことでお問い合わせをいただいた。

これまで工房的な要素が強かったBellows Works Tokyoさんが、今後楽器の販売やライブイベントなどにも力を入れていこうというタイミングでのご相談だった。

初めて打ち合わせに伺った時、店主の原田さんはとても丁寧に楽器の説明をしてくれた上で、静かにその計画を話してくれた。

当初は以前製作したショーケースのような置き家具としてのディスプレイ棚を3台ほどお店の中に点在させようというプランで進めていたけれど、店内改装の計画が進むうちに壁面全体をディスプレイ棚として作り、楽器をずらりと展示できるようにしようということになった。

イメージが実際の形になって目の前に立ち上がってゆく時、それはとてもワクワクする瞬間だと思う。完成した家具を搬入し、組み上げてゆく作業を後ろで眺めていた原田さんからそんな気配を感じて、とても嬉しくなった。壁面一杯に家具が組み上がり、取付作業が完了したのは夕方頃だった。試しに何台か楽器を並べてみようと、始めたディスプレイが止まらなくなって、次々楽器を持ってきては並べていく原田さんの姿がとても印象的だった。そして楽器が入り、その役目を果たし始め、生き生きとしてくる家具の姿に安堵する。

ディスプレイ棚 ウォールナット

それからしばらくして、新型コロナウィルスの蔓延によって、特に音楽業界はとても不自由な状況に突入してしまい、ライブイベントなども今までのようにはできない状態が長引いている。そんな中、Bellows Works Tokyoさんでは「Bellows shake concert」と銘打った配信ライブイベントをスタートし、継続されている。それは活動の機会が極端に減ってしまった音楽家の方々にとってもとても刺激的な場であると思うし、生の音楽に触れる機会が減り欲求不満気味の音楽ファンにとっても嬉しい企画だと思う。

その記念すべきVol.1の出演が僕の好きなバンドネオン奏者早川純さんがアコーディオンの佐藤芳明さん、バンドネオンの鈴木崇朗さんとの3人編成で活動している「JavaLab」だった。

初めて体験したオンラインでの配信ライブ。JavaLabの演奏が素晴らしかったこともあって、想像していた以上にライブ感があり、とても楽しい時間だった。アーカイブで見返せるのも良い。しかもそれが僕たちの作った家具を背に行われていたことも。とても印象深い経験をさせていただいた。

(僕がこの記事を書くのにもたもたしているうちに、いつの間にかこの日からすでに一年以上経っていた。。Bellows Works Tokyoさんでは、その後も様々な音楽家を迎えてBellows shake concertを継続されている。 )

takashi

勉強机

勉強机 デスク

海を背にしばらく進んだ最初の大きな交差点、その角の建物の2階にお二人のお店はあった。

もともとは向かい合わせで鉄板焼き屋さんと家庭料理屋さんをそれぞれ営んでいたお二人が結婚して一緒に始めたのがこのお店だと聞いたことがある。僕たちがご夫婦と知り合ったのは今から8年ほど前、松尾建設の青木社長に連れて行ってもらった時が最初だった。どこまでも明るいご夫婦とたくさんの常連客で賑わうとても活気のある鉄板焼き屋さんだった。そして何よりお二人の仕事がとても丁寧で、出てくる料理はどれもとても暖かで優しい味だったことを印象深く覚えている。

その後、茅ヶ崎ストーリーマルシェの立ち上げメンバーとして共に呼んでいただき、定期的にお会いするする機会ができた。その頃お二人は息子さんの誕生を機に繁盛していたお店を閉め、お惣菜屋さんとして新たな形で再スタートしていた。形を変えてもお二人の料理に対する丁寧な姿勢は何一つ変わらず、食べた人の心も満たしてくれるような優しいお惣菜だった。お二人とお会いしてお話をするのが毎回のマルシェでの一番の楽しみになっていった。ジャンルは違うけれど、ものを作る姿勢について学ぶことが多かった。

そんなお二人から小学校に入学した息子さんのための勉強机のご依頼をいただいた。ここ数年はお会いする機会が少なくなっていたので久しぶりにご連絡をいただいたことがとても嬉しかった。

ご依頼内容は、息子さんが大人になっても使い続けられる勉強机。大まかなイメージだけをお伝えいただき、あとは全てお任せいただいた。

明るいご家族に、シンプルだけれど軽快で動きのあるデザインが似合うと思った。材料はナラ材と決め、旋盤で挽いた丸脚を4方向に傾斜させ、真ん中には小さな引き出しを一杯設置する構成でバランスを整えていった。立体的なイメージをより詳細に検討するために1/5サイズの模型を製作した上でデザインを最終決定した。

無垢デスク

勉強に飽きた時、そのまま突っ伏して天板にぺったりと頬をつけると少しひんやりとして気持ち良いと思う。鉛筆で端から木目をなぞっていくのも楽しいかもしれない。彫刻刀の使い方を覚えたら、天板に顔とか彫ってみたり。昼間にふざけて笑いながら彫っていた顔が、夜になって恐ろしく見えてきて、三角刀でじゃみじゃみ消そうとしたら余計に怖くなったり。

楽しい思い出をたくさん含んでくれるといいなあと思う。

takashi

北鎌倉カフェ「CAST ON」

カフェ内装

北鎌倉の小さなカフェの内装の仕事をしました。

キッチンを合わせて4坪ほどの小さなお店。2019年9月にオープンしたので、もう1年以上前のお仕事。

定年退職前に自分らしい生き方を…という想いから北鎌倉に小さなカフェを開くことを決意されていた「Cast on」の店主。

人と人の繋がりを大切にした場所、様々な可能性を持った空間になるようにお店を作っていきました。メインの樹種は「くるみ材」。壁は漆喰とアクセントに鈍色の塗装。椅子の座面は本革とペーパーコードで製作し、優しく味わいのある素材を貴重としました。

カフェ内装 cafe内装 カフェ内装 カフェ内装

わたしたちは家具を製作していく上で、お客様の価値観や対話から生まれたことなど形に見えないことも大切にしています。それは雑誌で見たとか今これが流行っているという価値基準ではなく、使う方の価値観や好みが感じられるものが面白くもあり豊かで心地よいと思うからです。

最近よく感じることは、製作した家具が入ることで雰囲気がよくなるということ以上に、その家具がお客様の生活の中に仲間入りし、使う方によって家具が個性を持ち始めるのだなぁと。そうなっていく家具をみると嬉しくなります。

この北鎌倉のお店の空間や家具も店主によって個性を持ち始め、製作された時よりも生き生きしているように感じられます。

とても素敵な店主で「ただいま」と言ってしまいそうな優しい雰囲気のcafeです。

Cast on

神奈川県鎌倉市山ノ内755

kumiko

丸テーブルと02 chair

丸テーブル チェリー

φ1350 x h730 アメリカンチェリー材オイル仕上げ

その場所にあることが、どこにあるよりも素敵に見える。それがオーダー家具の理想だと思う。

そもそもオーダー家具は、普遍的な究極の美しさを探求することよりも、作り手とお客様の価値観に基づいた極めて個人的な価値を追求するものだと思う。

今回、ダイニングテーブルを作り上げていく過程でのお客様との対話の中で改めてそれを感じることになった。

ご自宅は、長年にわたるご夫婦の生活の気配に満ちていた。そこには整然と飾られた空間の透明な雰囲気とは全然違う、様々な時間が交錯した人間の気配があった。長年にわたる生活の中で少しずつ集めてきた生活の道具たち。そのどれをとってもそれぞれに物語があって、それを話してくれる奥様の声色はとても暖かく、ご主人もとても懐かしそうに耳を傾けていた。

中にはご結婚当初、「全然お金がなかったから買った」という組み立て式の椅子もある。当時住んでいた狭い社宅の部屋の中にぶら下げて自分でペンキを塗ったのだというその椅子もその後30年以上に渡って大切に使われている。とても気に入ったから買ったというわけではないものであっても時間の流れの中で排除されていくのではなく、居場所を得て生活の中で不可欠なものになってきている。そういう一貫した価値観の集積が型にとらわれていない自由な雰囲気を作り出し、それがこの家の居心地の良さになっているのだと思う。

そんな中で長年使われてきたダイニングテーブルをそろそろ新しいものに買い替えようと考えているとのご相談を数年前からいただいており、この度大きめの丸テーブルとhalf moon 02chair革張りを2脚、新たに製作させていただくことになった。

打ち合わせを進めていく中でとても印象に残るやりとりがあった。丸テーブルの細かい寸法バランスを検討してゆく過程で、脚をこれ以上太く設定すると野暮ったい印象になってしまうという僕の意見に対してお客様は、「作り手としては本意ではないかもしれないけれど」と前置きをした上で、ここにはむしろその野暮ったさが欲しいと言った。整いすぎた形状を求めると堅い印象になってしまう。そこから少しはずしたいとのことだった。はっとした。それは全く不本意なことなんかではない。むしろ僕たちが本当にやりたいことはこういうことなのだということを改めて思い出させてくれる一言だった。このプロセスまでもが僕たちにとっては絶対的な価値を持ってダイニングテーブルは出来上がった。

丸テーブル チェリー 丸テーブル チェリー

takashi

大切なもの

ほんの小さな修理の仕事だった。

だからといってお客様の想いが小さいということでは全く無いのだと改めて感じられるとても印象深い経験だった。

修理のご相談をいただいたとき、製作が混んでいたため実際に手をつけられるのは数ヶ月先という状況だった。それでも思い入れのあるものだからできれば直して使いたい、とお持ちいただいたのは座面の籐が破れてしまった2脚の古いスツールだった。

どんな想いが詰まっているのだろうか。長年に亘って暮らしの中にいつもあって、色々な記憶を含みながら宝物になっていったのだろうと思う。

「歳が歳だから怖くて外にも出られないの。」とても不安げなご様子だった。

庭先でお渡しした2脚のスツールを濡れ縁に並べ、慈しむようにしばらく眺めて

「こんなにきれいになって。 見違えるようだわ。 しばらくは使わないで眺めていようかしら。 今日はうれしくて眠れないかもしれない。」

とても静かに、ゆっくりとした口調で独り言のようにそう言った。

うれしかった。自分の仕事に満足していただいたことにではなく、その価値観がとてもうれしかった。そういう方に出会うと、ものを作る人間として安心する。ものの価値ってそういうものだと強く思う。

takashi  

新たな生活のための家具たち

オーダー家具 椅子

世界中がコロナの渦の中。。。犬の散歩と家具の製作をする日々。

出来るだけ落ち着いて世の中を見ながら日々変わり続けるものごとに対応していかなければいけないと思っています。

さて、3月に新築の住宅に家具をいくつか製作しました。

リビングには造り付けのキャビネット収納。2階のホールにはデスクと本棚。奥様と旦那様にHALFMOON furnitureのオリジナルの椅子を一脚ずつ。

ご家族には小さな娘さんがいらっしゃり、これから生活スタイルもどんどん変化していくことを考慮し、出来るだけシンプル形状で経年変化が豊かな無垢材の家具を提案させて頂きました。

TVボード ウォールナット オーダー家具

リビングの3.5mの壁に設置されたウォールナット無垢材のキャビネット収納

2階の家具はアメリカンチェリー無垢材で製作。配置を変えて楽しめるような寸法と機能になっています。

書斎 無垢デスク

書斎デスク

これから始まる新しい場所での生活の中で、家具たちがやさしい雰囲気でそっと日常を豊かにしてくれる存在になっていけばいいと思います。

kumiko

チェリー材の丸テーブル

丸テーブル チェリー

お客様ご家族と実際にお会いしたのは、納品にお伺いした時が初めてだった。

それにもかかわらず、こんなにもお客様ご家族の存在を感じながら製作できたのは初めての感覚だった。

新築のご自宅に丸テーブルを探していたところ、以前ブログで紹介していたチェリー材の丸テーブルをご覧いただいたとのことで、茨城県水戸市からお問い合わせをいただいた。

遠方からのお問い合わせだったため、打ち合わせ段階ではお会いすることができず、メールでのやりとりで詳細を詰めていった。

そんなやりとりの中で、とても嬉しいメールをいただいた。そこにはご家族全員の写真とそれぞれの紹介文が記載され、製作にあたってご家族のことを少だけ想い浮かべて欲しいとの内容が書かれていた。

それは僕たちがものを作る上で何よりも大切にしていることだ。もちろん姿形の美しいものを作ることは作り手として一生追求し続けなければならないとても大切なことだ。けれど一方で、そんなことは最終的にはさほど重要なことではないのではないかとも思う。

気に入ったものを持つということは、何度も読み返せるお気に入りの本を持つようなもののような気がする。その中にどんな風景を想像できるのか。それは極めて個人的な風景で良い。そうなった時にそのものは、何にも変えられない唯一無二の存在になるのだと思う。

丸テーブル チェリー

takashi

レケティからの電話

メッセンジャーでビデオ通話の着信があった。レケティのナイオからだった。そういえば今日はラグビーフィジー代表が日本で試合をしている日だったか。

メッセンジャーにこんなこんな機能があったことをはじめて知った。ずいぶん世界が近くなったものだ。僕が住んでいた頃、レケティには電気が通っていなかった。発展途上国のそんな地域でもvodafoneがジャングルの中にアンテナをたくさん立てて、島中のほとんどの場所で携帯電話は使えるようになっていた。電気がないから充電の問題はあったけれど、通話機能しかなくあまりバッテリーを消耗しない小型のnokiaを使っていたので、発電機かソーラーでときどき充電してさえいればそれで充分だった。あれから8年、今ではレケティにも電気が通ったと聞いている。スマートフォンも急速に普及しているようで、インスタグラムやフェイスブックで多くの友人たちの現況をリアルタイムで知ることができるようになった。

予想通りナイオたちは、ラジオでラグビーの中継を聞きながらカバを飲んでいた。真っ暗なポーチで、ランタンの灯りひとつで地べたに座ってカバのボールを囲む光景があの頃と何一つ変わっていなかった。今はレケティにも電気が通っているはずなのに。

カバに酔うと光がとても鬱陶しくなる。心も体もどろんと地面に吸い込まれるような感覚で、話すのも面倒になる。酔いが回るにつれてランタンの光さえまぶしくなってどんどん火を小さくしてゆく。最後には蝋燭の火よりも小さく絞ったかすかな火を囲んで目を閉じてただ座っている。時折誰からともなくかかる「タロ」という低い掛け声を合図にカバを混ぜる水の音が響き、順番に回ってくるボールを飲み干してまた目を閉じる。何人もの大男たちが真っ暗闇で何時間もただ黙って目を閉じている。そんなことが毎晩、僕の家で夜中まで続いていた。それがレケティの日常だった。僕はそんな時間を結構気に入っていた。

あれは何時だったのだろうか。真夜中だったのか、朝方だったのか。一番最後に帰って行ったのがフランクとナイオだったことは覚えているけれど、そのあとどうやってベッドに入ったのかも覚えていない。開けっ放しの窓から差す朝の光で目が覚めたとき、まだ体にはカバが残っていてずっしりと重たかった。僕の家の裏のパパイヤの実がちょうど熟していたのを思い出して朝ごはんにちょうど良いと思って裏口を開ける。昨日まで間違いなくついていた4つの果実のうちオレンジ色に熟しているものだけが無くなっていた。また取られた。僕のパパイヤをいつも狙っているのは裏隣の家に住んでいるナイオだった。昨日の夜、帰りに採っていったに違いない。ここでは勝手に生えてきた植物でも、それは一番近くの家の住人に属すと考えられ、断りなしに取っていくことはタブーとされていた。だからそのパパイヤは明らかに僕のだし、裏口付近の地面に生えていたパクチーや唐辛子、表の椰子の木とナスも僕のということになっていた。それなのにナイオは僕のパパイヤを「俺たちのパパイヤ」と呼んで、いつも僕が採ろうと思っている直前(熟してから僕が採るまでの間)に勝手に採っていった。

その日はどうしても食べたかったので、ナイオの家に取り返しに行くことにした。どうせまだ寝ているだろうから起こしてやろうと。予想に反してナイオはもう起きて朝ごはんのロティを焼いていた。

「おはよう。中に入って朝ごはんを食べていけよ。」

あたたかい紅茶を淹れてくれて、焼きたてのロティと熟したパパイヤを半分。

そうそう、これ。でも、と思う。

ナイオには奥さんと子供が4人いる。僕がパパイヤを半分食べれば残りの半分を6人で分けることになる。まあ、そもそも僕のパパイヤなんだから別に良いはずなんだけど、、

「これは子供たちにあげてよ。」

いざとなると遠慮する僕に

「そんなこと気にするな。食べろ食べろ。」

と聞かない。

しばらくナイオと昨夜のカバの話をして過ごす。あれはムンドゥの畑で採れたカバで、レケティ産のカバの中でも特に強いものだとか、隣村からやってきた長身のパトゥが一番最初に潰れて逃げ帰ったこととか、フランクは相変わらず強かったとか(ここではカバに強いほど尊敬された)、いつもと何一つ変わらないどうでもいいような話題で2人で大笑いしていた。冷静に考えれば何にもおもしろいことなんてないのに、不思議ととても幸福な朝の時間だった。

取られたパパイヤを取り返しに来たことも忘れ、気がつけばそれ以上にご馳走になって、すっかりくつろいでいた。

電話越しのナイオのなつかしい声に思い出されるのは、特別なことは何も起こらない、日々繰り返されるなんでもない日常の風景だった。そして、そんな日々がこの8年間変わらずに繰り返されてきて、これからもきっとそうだろうことに安心する。

takashi

TVボードとローテーブル

TVボード ナラ材

TVボード ナラ無垢材+本革

家具の製作を何度かご依頼頂いたお客様を通じて知り合った方から、TVボードとローテーブルを作ってもらいたいとのお話を頂いた。一度工房へお越しいただき展示してある家具や工房内の材料を見ながら、どのような雰囲気の家具にするか、どのような機能が必要かを雑談を交えながら大まかなことをお伺いし、こちらで具体的なプランをすることとなった。お客様はまだ若い方で現在はお住まいが賃貸のため、これから先様々な使い方ができる家具になるようサイズや仕様を考えつつプランを進めた。TVボードに関しては、節あのあるワイルドなナラ材を機能を満たしつつ、綺麗に見えるディテールと全体のバランスを考えるのにずいぶん時間を要した。

TVボード ナラ材

上の左右は引き出し、真ん中はAV機器が入るようにし、下側は本を入れる仕様で間仕切りは本革とした。引き出しのつまみも同じく黒の本革で製作。

TVボード ナラ材 TVボード ナラ材

ローテーブルは脚を鉄とし、天板は節あり無垢材で製作。

TVボード ナラ材

わたしがお客様と同じぐらいの年齢のとき、当時のわたしにとっては高価だったガラスのキャビネットを初めて購入したことをちょうど思い出した。お気に入りの家具に好きな本や小物を飾ったりし、生活が楽しくなったことを覚えている。何度か引越しもしたが、移動した場所場所での過ごした時間や風景、そのときの記憶が家具と共に蘇ってくる。建築家の堀部安嗣さんが「建築が人の記憶を継承するものになること」これも建築の大きな役割だと思うと本で書いていますが、わたしが経験したように家具もその役割を持つものになると思う。

これから先、移動もするであろうこの家具たちがお客様と共に過ごした時間や風景を継承するものになり、日々の生活が楽しめるものの一つになっていくことを想像すると、製作した身としてとても嬉しい。

kumiko

子供の椅子

ダイニングチェア ウォールナット

以前、二人のお子さんたちのために椅子を製作してほしいとのご依頼をいただいた。

お子さんのための椅子とはいってもいわゆる子供椅子ではなく、half moonオリジナル01chair、しかも座面は本革張りでとのことだった。

そしてこの度、第三子のご誕生に合わせて新たに一脚、製作のご依頼をいただいた。

家具を選ぶ場合、子供が小さいうちはあまり高価なものは使わず、ある程度成長してから気に入ったものを探そうと考えるのが一般的だと思う。でも今回のお客様は全く違う考え方だった。もちろん、キズつけることもあるだろうし、汚すことだってあることは承知の上で、大人になっても使える椅子をプレゼントして子供のうちから使わせてあげたいとのことだった。素敵な考え方だと思った。

6年前に、ある作家さんの古い椅子を修理したことを印象深く覚えている。(作家の椅子1作家の椅子2) それはその作家さんが小学生の頃にお父様から贈られて以来、50年もの間使い続けているものだった。その間、何度も新しいものに換えようとはしたものの、どうしても馴染まず、結局いまだにその子供用の椅子で文章を書いているとのことだった。50年の間に含んできた風景が、何にも変えられないその椅子の価値だと思う。そんな宝物を持っていることがうらやましいと思った。

これから年月をかけて作り上げていく物語の贈り物。それをどう展開させてゆくのか、どこかで終わらせるのかは本人次第だけれど、その物語をはじめてあげることは、親から子への素敵なプレゼントだと思う。

takashi

ナラ材TVボード製作

TVボード ナラ材

既製品を買うつもりで探していたけれど、なかなか思うようなものにめぐり合えず、オーダーのお問い合わせをいただくことが少なからずある。

今回もそのような経緯でのご相談が始まりだった。

TVボード、というだけであれば既製品でもあらゆるサイズ、デザインのものが売られている。お客様はご自宅を購入されてからしばらくの間、リビングに合いそうな一台を探されていた。ある程度イメージに近いものはあったようだけれど、壁面のコンセントや壁掛けテレビの配線等どうしても綺麗に収まらない点があった。

打ち合わせの中で機能的なご要望、デザイン的な好み、リビング空間でのご家族の過ごし方等さまざまなお話をお伺いした上でデザイン案を作成し、ご提案させていただいた。

明るくすっきりとしたリビング空間の中で、シンプルだけれど存在感のある家具にしたかった。無垢材の質感を前面に出しながらも形は柔らかく、重たい印象になり過ぎないように。

小さなお子さんがその前でおもちゃを広げて自由に遊んでいる。時には傷つけることもあるかもしれない。ご家族の様々な記憶を刻みながらずっとそこにある家具になって欲しいと思いながらプランをつめていった。

お客様ご家族も、オーダーを進めていく過程をとても楽しんでくれていたことが何よりうれしかった。製作中もご家族で工房に遊びに来ていただいた。もちろんご希望に沿ったデザインや機能を備えたものができるというのはオーダー家具の大きな魅力ではあるけれど、作り上げていく過程を楽しめるというのが一般的な買い物とは大きく違う、オーダー家具の最大の魅力だと思う。そしてそれは出来上がった後もそのものに宿る物語の一部になると信じている。

TVボード ナラ材 TVボード ナラ材 TVボード ナラ材

この家具がご家族の日常と共に魅力を増していってくれると良いと思う。

takashi