
郵便配達員のお兄さんが僕たちの家具を見に工房に来てくれたのは今から5年近く前のことだった。
小さな工房の家具の展示をとても気に入っていただき、その時はまだ無理だけれどいつか必ず何か注文したいと言ってくださったその目がどこまでも澄んでいたのをとても印象深く覚えている。
その翌年には、お母様にも見せてあげたいと、ご一緒に来られて、ものを作る過程の話、素材の話など様々な話しをした。
それから数年たった今年の春、お住まいのアパートの部屋の窓辺にhalf moonのスツールを置きたいと、製作のご依頼をいただいた。
その場所で本を読んで過ごすイメージが出来上がり、決心して来ていただいたのだという。手帳に描かれたメモを見ながら、そのイメージを話してくれた。その手帳には、窓の高さや配置だけでなく、以前僕と話した内容などもメモされているようだった。
ほんの小さな家具だけれど、何年もの間、ご自身の生活の中での居場所をイメージしながら、じっくりご検討いただいた上でご依頼いただいたスツール。とても楽しみにしていただいていることが伝わってきた。ものの価値について思う。それは金額とか大きさとは全く関係のない、極めて個人的な価値で良いのだと思う。そしてその人にとってのその価値を最大限に追求するのが僕たちの役目だと思う。自転車で団地を廻って郵便物を配りながらも考えていてくれたのだろうなと思う。
それから数ヶ月、スツールが完成してお引き取りにお越しいただいたのは夏の終わりの日曜日だった。
最近、長年勤めた郵便局を離れ、傘の販売の仕事に変わったのだそうだ。大学生の頃、雨の日に広いキャンパスを傘をさして歩くのがとても好きだったことを話してくれた。緩やかに切り取られた雨の風景。その傘の下、たった1人で聞く雨の音は柔らかく響いていたんだろうと想像する。自分だけの、ささやかだけれど特別な世界を切り取る傘。そんな魅力を伝えるような仕事がしたいと思うようになったのだという。その眼差しは初めてお会いした時と全く変わらず、純粋で繊細で、まるで妖精のようだと思った。
エアキャップで梱包したスツールをとても大切そうに抱えて歩いてゆく後ろ姿を見送りながら、大好きな傘の仕事がうまくいって欲しいと心から思った。
takashi